小野神社


 多摩川河畔から200メートルほど南にある、延喜式神名帳に記される多摩郡小野神社に比定される論社のひとつ。小社と記されており、多摩川の北側、東京都府中市住吉町にもう一つの論社である小野神社がある。多摩川は氾濫をすることがあり、河道を変えていることから、元来府中市域にあった小野神社が水災を被り、南側へ移ったとする説がある。『神道集』(中世の説話集・1358年頃成立)では武蔵国一宮とされており、二宮が二宮神社(東京都あきる野市)、三宮が氷川神社(埼玉県さいたま市)、四宮が秩父神社(埼玉県秩父市)、五宮が金鑚神社(埼玉県児玉郡神川町)、六宮が杉山神社(論社複数)とされている。延喜式で名神大社であった氷川神社ではなく、小社である小野神社が一宮とされた理由として、同じ郡内の武蔵国衙を中心とした武士集団の存在が影響したという。しかし、鎌倉幕府の瓦解とともにその武士集団と小野神社が衰亡した結果、社格・権勢ともに優る氷川神社が一宮として扱われるようになったと推測される。

 紀元前531(安寧天皇18)年2月初末の日に鎮座と伝えられ、主神は天下春命(あめのしたはるのみこと・天孫降臨の際,警護のために天よりくだされた神)、瀬織津比咩命(せおりつひめのみこと・流れの速い川瀬にいて、人の罪やけがれを海に運び去るという女神)。社名はこの地の呼び名である小野の郷に由来する。884(元慶5)年には正五位上に昇叙。
 『新編武蔵風土記稿』(武蔵国の地誌・1830完成)によると境内には文殊菩薩を安置してある文殊堂があったが、神仏分離令により、真明寺(東京都多摩市)へ移されている。また、社内には稲荷神社もある。

小野神社近くの一宮児童館脇にある庚申塔。
1751(寛延4)に村へ悪疫や災難が入ってこないように造立された。
元は一宮一丁目28番地9号にあったがが道路建設のため、移設された。
庚申塔横の地蔵
鳥居と通神門 通神門の装飾
通神門中左上 通神門中右上
南門 南門
年中行事等 社内の稲荷神社
小野神社神額

用語辞典

嚮明而治

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