東京都の地名

自治体 初見年 正式採用年 名称の由来(〈典拠〉) 主な旧称(同名系/時期)
千代田区16世紀末1947江戸城の別称「千代田城」にちなむ区名。千代(長久の瑞祥)+田(地)の連想が江戸期から流布し、戦後の特別区制で採用。〈初出は江戸後期の古城呼称・地誌類〉千代田城(江戸城別称)【近世】
中央区江戸初期1947東京市域の「中央」に位置することからの新名。日本橋・京橋の中枢機能を表す。〈区名決定:1947〉
港区江戸初期1947東京湾岸(芝浦・港南など)の臨海地勢にちなむ。〈区名決定:1947〉
新宿区16981947甲州街道の新設宿「内藤新宿」に由来。近世の“新しい宿場”名が広域区名へ。〈初出:元禄11(1698)頃の宿駅資料〉内藤新宿【17世紀末〜】/新宿(町名)【近世】
文京区江戸初期1947学問所・社寺が集まる“文教の都心”の意を込めた造語。旧本郷・小石川地域の性格を表す。〈区名決定:1947〉
台東区江戸初期1947上野の「台」地と浅草の「東」方を合わせた新称。〈区名決定:1947〉
墨田区8世紀1947区名は**隅田川**にちなむが、区名の表記は**「墨田」**で確定(川名の公称や「墨堤」などの通称の影響が背景とされる)。なお、川名「隅田川」の呼称は行政上の扱いに変遷がある。〈川名の由来と呼称の経緯:墨田区公式FAQ/地域解説〉
江東区江戸初期1947“江”(隅田川・湾岸)の東に発達した臨海低地を表す。深川・城東の統合新称。〈区名決定:1947〉
品川区16021947東海道「品川宿」(慶長7〈1602〉整備)に由来。湾奥の湊・宿駅名が広域地名化。〈初出:慶長期の宿駅制資料〉品川宿【1602–1872】/品川町【1889–1932】
目黒区室町期1932「目黒不動」信仰や谷地形の在地名に由来する諸説。村名→町名→区名。〈初見:室町期の社寺縁起・地誌〉目黒村【〜1889】/目黒町【1889–1932】
大田区江戸期1947旧「大森」と「蒲田」から各一字(大+田)を採った合成名。〈区名決定:1947〉
世田谷区13世紀1932中世文書にみえる在地名。谷戸の多い台地景観に由来。〈初出:鎌倉後期の文書〉世田谷村【〜1889】/世田谷町【1889–1932】
渋谷区12世紀末1932在地武士「渋谷氏」本貫説や谷地形説など。中世からの名称が連続。〈初出:『吾妻鏡』等、中世末の文書〉渋谷村【〜1889】/渋谷町【1889–1932】
中野区17世紀初頭1932“野の中(なかの)”の意からの地名。村→町→区に継承。〈初見:近世初頭の郷帳類〉中野村【〜1889】/中野町【1889–1932】
杉並区1832頃1932街道の杉並木景観にちなむ呼称が町名化。合併町名“杉並”を継ぎ区名へ。〈初見:天保期の碑文・記録〉杉並町【〜1932】
豊島区938年頃1932古代郡名「豊嶋(としま)」に由来。島状微高地が点在する地勢に通じる。〈初出:『和名類聚抄』(10世紀前半)豊嶋郡〉豊島郡(豊嶋)【古代〜1896】/南豊島郡【1896–1932】
北区中世1947東京市の北辺を占める方位名。王子・滝野川地域の統合区。〈区名決定:1947〉
荒川区938年頃1932荒川(放水路を含む)にちなむ区名。武蔵の大河名を象徴化。〈古名出典:『和名類聚抄』等〉
板橋区16021932石神井川の「板の橋」にちなむ宿名に由来。中山道・板橋宿の著名化が背景。〈初出:慶長7(1602)宿駅制資料〉板橋宿【1602–1872】/板橋町【1889–1932】
練馬区室町期1947湿地語源・在地伝承など諸説。上・下練馬などの村名(のち練馬町)を継承。〈初見:室町期の地名記事〉練馬村【〜1923】/練馬町【1923–1932】
足立区8世紀1932古代郡名「足立」に由来。広域伝統名を区名に継承。〈初出:奈良期の郡名記事〉足立郡【古代〜1896】/南足立郡【1896–1932】
葛飾区938年頃1932古代郡名「葛飾」に由来。語源は葛の繁茂・潟地形など諸説。〈初出:『和名類聚抄』(10世紀前半)葛飾郡〉葛飾郡【古代〜1896】/南葛飾郡【1896–1932】
江戸川区江戸期1932利根分流としての江戸川にちなむ新区名。東縁の大河を象徴化。〈区名決定:1932〉
八王子市15691917八王子権現にちなむ城名・地名。城下・宿名として広まり市制へ。〈初出:永禄12(1569)頃の城郭関係史料〉八王子町【1889–1917】
立川市12世紀1940古形「立河」。多摩川の渡渉点・縁辺地形にちなむ在地名。〈初出:平安末〜鎌倉初期の文書〉立川村【1889–1923】/立川町【1923–1940】/立河(古形)【中世】
武蔵野市8世紀1947古来の広域呼称「武蔵野」に由来。村→町→市と継承。〈古名:『万葉集』等の武蔵野〉武蔵野村【1889–1928】/武蔵野町【1928–1947】
三鷹市18891950江戸期の御鷹場「三鷹」に由来する合成地名。村→町→市へ。〈初出:近世の御鷹場・新田名〉三鷹村【1889–1940】/三鷹町【1940–1950】
青梅市15世紀1951梅の古木伝承にちなむ在地名。街道宿名として広まり市制。〈初出:室町期文書〉青梅宿【近世】/青梅町【1889–1951】
府中市8世紀1954武蔵国の国府「府中」に由来。門前・宿名を経て市名に。〈初出:奈良期の国府記事〉府中宿【近世】/府中町【1889–1954】
昭島市19541954昭和町の「昭」と拝島の「島」を合わせた新称。町名を経て市制。〈命名:1954〉昭島町【1951–1954】
調布市938年頃1955律令の貢納布「調布」にちなむ古地名。門前・町名を経て市名に。〈初出:『和名類聚抄』等〉調布町【1937–1955】
町田市14世紀1958在郷の市(いち)・町場形成に由来。荘名→宿→市名へ。〈初出:南北朝期文書〉町田村【1889–1913】/町田町【1913–1958】
小金井市17世紀末1958上水沿い新田「小金井」に由来。“黄金の井”伝承も知られる。〈初見:元禄期新田記録〉小金井村【1889–1943】/小金井町【1943–1958】
小平市18世紀半ば1962台地の新田群“小さな平地”の総称「小平」から。村→町→市。〈初見:江戸中期の新田帳〉小平村【1889–1954】/小平町【1954–1962】
日野市12521963“日の出づる野”の解釈が伝わる古地名。宿名としても著名。〈初出:建長4(1252)頃の寺社文書〉日野町【1889–1963】
東村山市9271964広域名「村山」を継承し、東部を示して市名化。〈古名:『延喜式』村山郷関係記事〉東村山村【1889–1942】/東村山町【1942–1964】
国分寺市7411964武蔵国分寺の寺名に由来。門前村→町→市に。〈初出:天平13(741)国分寺建立詔〉国分寺村【1889–1940】/国分寺町【1940–1964】
国立市19261967学園都市計画の新名「国立」。学園名と地名が相互に強化。〈命名:大正15(1926)〉国立町【1951–1967】
福生市13世紀末1970中世「福生郷」に由来。甲州街道の宿場を経て町→市へ。〈初出:鎌倉末期の郷名記事〉福生村【1889–1940】/福生町【1940–1970】
狛江市938年頃1970古代の地名「狛江(こまえ)」に由来。『和名類聚抄』に多磨郡の**狛江郷**が見える。のち宿・村名を経て市名に。〈初出:『和名類聚抄』(10世紀前半)多磨郡 狛江郷〉狛江郷【『和名類聚抄』10世紀前半】/狛江村【1889–1937】/狛江町【1937–1970】
東大和市19541970合併の近代町名「大和」を継承し、方位「東」を冠した新名。〈命名:昭和29(1954)〉東大和町【1958–1970】
清瀬市18世紀1970「清らかな瀬」からの瑞祥地名。村→町→市に継承。〈初見:江戸中期の村名〉清瀬村【1889–1954】/清瀬町【1954–1970】
東久留米市19091970久留米藩ゆかりの地名を継承、方位「東」を冠した。〈初出:明治42(1909)駅名制定〉東久留米町【1956–1970】
武蔵村山市8世紀1970伝統広域名「村山」を継ぎ、古国名「武蔵」を冠した合成。〈初出:奈良期の地名記事〉村山村【1889–1956】/村山町【1956–1970】
多摩市7世紀1971古代の郡名「多摩(多麻)」に由来。村→町→市へ。〈古形:『万葉集』・古記録の多麻〉多摩村【1889–1964】/多摩町【1964–1971】/多麻(古形)【古代】
稲城市中世1971“稲の城(砦)”にちなむ地名説が伝わる。村→町→市に継承。〈初見:中世文書〉稲城村【1889–1957】/稲城町【1957–1971】
羽村市17世紀1991玉川上水の堰(羽板)にちなむ在地名。村→町→市へ。〈初見:江戸前期の新田・上水史料〉羽村(村)【1889–1956】/羽村町【1956–1991】
あきる野市中世1995古い郷名「秋留」を平仮名化し「野」を添えた新市名。秋川流域の地勢と歴史を継ぐ。〈初見:中世「秋留」〉秋留村【1889–1955】
西東京市20012001田無市と保谷市の合併新称。都西部の位置を示す地理名。〈命名:2001〉
瑞穂町19401940公募の瑞祥名「瑞穂(みずみずしい稲穂)」を採用。新町名として定着。〈命名:1940〉
日の出町19551974東の空の「日の出」に繁栄を託した合成名。村から町へ昇格。〈命名:1955〉日の出村【1955–1974】
奥多摩町19551955多摩の奥=源流域を表す新名。氷川・古里の合体で成立。〈命名:1955〉
檜原村14世紀1889檜の原にちなむ山村名。南北朝期の「桧原庄」を継ぐ。〈初見:南北朝期の在地文書〉桧原庄【南北朝期】/檜原村【継続】
大島町奈良期1955伊豆諸島最大の“おおきな島”。島名をそのまま町名に。〈古称:古代地誌の島名記事〉大島(島名)【古代〜】
利島村17世紀1898三角錐状の島影にちなむとされる「利(と)島」。〈近世の海運記録〉利島(島名)【近世〜】
新島村15世紀1889“新しく生じた島”の伝承にちなむ島名を村名に。〈中世の在地記録〉新島(島名)【中世〜】
神津島村8401898「神集(こうづ)島」の伝承(神々が集った島)にちなむ。〈初出:『続日本後記』承和7(840)条/『延喜式』(927)神名帳に上津島の記載〉神津島/上津島(こうづしま)【平安後期〜】
三宅村9271898古来「三宅島」。語源は御客(みやけ)・屯倉説など諸説。〈初出:『延喜式』(927)伊豆国の式内社・島名関係記事〉三宅島(島名)【中世〜】
御蔵島村17世紀1898幕府用材の蔵にちなむ島名とされる(御蔵)。〈初見:江戸前期の島名記録〉御蔵島(島名)【江戸前期〜】
八丈町15世紀1955島名(八丈島)にちなむ。絹織物“黄八丈”の産地として著名。〈中世の島名記事〉八丈島(島名)【中世〜】
青ヶ島村18世紀1889青い海に囲まれた孤島景観にちなむ島名。天明5(1785)噴火で全島避難→文政7(1824)頃から再定住の経緯。〈江戸後期の復島記録〉青ヶ島(島名)【江戸期〜】
小笠原村16701968小笠原氏「発見」伝承は**文献的には1593年説が虚構**とされ、**最古級の確実記録は寛文10(1670)・延宝3(1675)の探索・報告**。戦後米国施政を経て1968年に復帰・村制復活。〈初出:江戸前期の探索・報告史料〉小笠原(諸島名)【近世〜】

※「初見年」は史料の初出年・時期に合わせて表記(西暦年または世紀)。さらに特定できたものは〈史料名・年〉を本文末に併記。
※「主な旧称」は**同音・同字系(読みか表記が現名称と一致/近似)**に限定して掲出。

地名の由来

嚮明而治
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