長野県の地名(全77自治体)

自治体 初見年 正式採用年 名称の由来 主な旧称(時期)
長野市14世紀半ば1897門前都市として発達した善光寺の下に広がる在地名「長野」に由来。古文書に「長野郷」等の形で現れ、台地の延びる地勢(長い野)を映すと解される。明治に県都として市名化。善光寺門前【江戸中期〜明治初】
松本市16世紀末1907戦国末の城下整備の過程で、旧称深志から「松本」へ改称。城下の鎮守や地勢にちなむ瑞祥名とされ、のち市名に継承。深志(城下)【戦国末〜1590年代】
上田市15831919天正期に真田昌幸が築いた上田城の城下名。「上流域の田」「上手の田地」に通じる地形名の系統。市制後も城下の呼称を継承。上田(城下)【安土桃山〜】
岡谷市17世紀初頭1936諏訪湖南岸の段丘縁辺=に開けた町場の地形名。絹糸工業で近代に都市化し、市名に採用。岡谷村→町【江戸〜大正】
飯田市14世紀前半1937天竜川中流の盆地中央に築かれた城下・在郷町名。地名は「飯を供する館」「稲作地の田」などの語義説が伝わるが定説化せず。飯田(城下)【戦国末〜】
諏訪市9271941古社諏訪大社の社名に由来。延喜式(927)に上社・下社が見え、湖周縁の宗教中心地名が市名に継承。上諏訪(町)【近世〜】
須坂市13世紀半ば1954台地縁の坂や峠にちなむ在地名「須坂」に由来。善光寺平北東の在郷町として発展し、近代に製糸業で拡大。須坂(在郷町)【江戸〜】
小諸市15世紀半ば1954古形は小室。段丘崖下の城郭立地(穴城)にちなむ地形名が音転して「小諸」へ。近世の城下名を継ぐ。小室→小諸(城下)【戦国〜】
伊那市938年頃1954古代郡名伊那(『和名類聚抄』)に由来。天竜川の扇状地群に開けた盆地の広域名が市名化。伊那郡(広域)【古代〜】
駒ヶ根市19541954中央アルプス駒ヶ岳の麓(根=裾野)に開ける地勢にちなむ合成名。1954年の市制時に採用。赤穂町 ほか【〜1954】
中野市15世紀半ば1954河岸段丘上の集落群の中心=中の野に通じる在地名。「中野荘」など中世文書に見え、近世は商業地として発展。中野(町)【江戸〜】
大町市16世紀半ば1954市(いち)の立つ大きな町にちなむ在地名。塩の道(千国街道)の要地として町場が形成された。大町(町)【江戸〜】
飯山市16世紀初頭1954「飯山城」の城下名に由来。丘陵の独立峰(飯綱の山名系)と関連づける説もあるが、近世は城下・在郷町名が定着。飯山(城下)【戦国〜】
茅野市14世紀前半1958茅の生い茂るにちなむ地名。八ヶ岳西麓の扇状地に展開した村落群の中心名が昭和に市名化。茅野(村→町)【近世〜昭和】
塩尻市12世紀末1959古道の分岐点塩尻峠(塩の道の端=尻)に由来。宿駅整備と交通の結節で近世以降広域に普及。洗馬・桔梗が原(地区名)【近世】
佐久市938年頃1961古代郡名佐久(『和名類聚抄』)に由来。千曲川上流域の広域名が、昭和の編成で市名に。佐久郡(広域)【古代〜】
千曲市8世紀後半2003万葉集の歌にみえる千曲の川(現在の千曲川)に基づく広域水系名。川名を冠した新設合併市名。更埴市/戸倉町 ほか【〜2003】
東御市20042004東部町北御牧村の合成。古代牧(御牧)を伝える「御」を継ぎ、方位「東」を合わせた新名。東部町/北御牧村【〜2004】
安曇野市20052005古代の海人系氏族安曇氏の名を伝える広域呼称「安曇野」に由来。犀川・梓川の扇状地景観を象徴する近代の地域名を市名化。明科町/豊科町 ほか【〜2005】
佐久穂町10世紀前半2005佐久町八千穂村の合成(佐久+穂)。佐久は古代郡名、八千穂は高原の穀倉地の意匠を含む近代地名。佐久町/八千穂村【〜2005】
小海町15世紀半ば1954千曲川のたまり・湾曲地形(小さな海)にちなむ在地名。江戸期に宿場として定着。小海(宿)【江戸〜】
川上村14世紀1889千曲川上流域の位置呼称に由来。高原野菜産地として近代に広く知られる。川上(村)【近世〜】
南牧村15〜16世紀1889「牧(放牧地)」の側を示す位置名。八ヶ岳東麓の高原牧草地に由来。南牧(村)【近世〜】
南相木村15〜16世紀1889相木川流域の側集落群に由来。相木は渓谷・樹林景観にちなむ在地名。南相木(村)【近世〜】
北相木村15〜16世紀1889相木川の側の位置呼称。南北の対置で村名が整う。北相木(村)【近世〜】
軽井沢町16021923中山道軽井沢宿に由来(宿駅制は慶長7〈1602〉に整備)。火山麓の冷涼な地気=軽(かる)い沢の地形語と解される。軽井沢宿【1602〜】
御代田町14世紀1956「御代(みよ)」+「田」に通じる荘園風の地名語構成とされ、古形は「御代田」。浅間山麓の扇状地に広がる田地を示す。御代田(村)【近世〜】
立科町12〜13世紀1955山名蓼科の古形に通じ、蓼(たで)+科(しな=斜面)等の語源説がある。町名は蓼科山麓の広域呼称を継承。芦田村/立科村【〜1955】
青木村13世紀1889常念寺の古木伝承など、青々とした樹林・泉にちなむ在地名とされる。千曲川左岸の谷口に立地。青木(村)【近世〜】
長和町20052005長門町和田村の合成(長+和)。中山道和田宿など歴史資源を継承する新設町名。長門町/和田村【〜2005】
下諏訪町9271941諏訪大社下社の門前集落名に由来。上社に対する位置呼称「下」を冠す。下諏訪(宿)【近世】
富士見町18891958甲信国境の高原から富士山が望める地にちなむ近代命名。明治の町村制で地名として定着。富士見(村→町)【1889〜】
原村14世紀1889台地・扇状地の原(はら)に由来する素朴な地名。八ヶ岳西麓の開拓地名を継承。原(村)【近世〜】
辰野町18931909鉄道駅名の成立(1893)とともに広まった新名。諏訪・伊那谷の結節点に位置し、のち町名へ。川島村ほか(区域)【〜1909】
箕輪町15〜16世紀1954「箕のような輪(地形)」の見立てに由来する在地名説。戦国期の箕輪氏に由来する説もあるが、地形説が通説。箕輪(宿)【江戸〜】
飯島町15〜16世紀1955伊那谷中央の扇状地に拓けた在地名で、飯(稲作)にちなむ語義説が伝わる。町制時に継承。飯島(村)【近世〜】
南箕輪村15〜16世紀1889箕輪の側に位置することからの位置呼称。戦国遺跡群の分布でも知られる。南箕輪(村)【近世〜】
中川村19561956天竜川中流域のに位置する地勢からの近代命名。河岸段丘の村落群を統合。大草村/片桐村【〜1956】
宮田村15〜16世紀1889社地・御田にちなむ在地名。中央アルプス麓の扇状地村落名を継承。宮田(村)【近世〜】
松川町15〜16世紀1956天竜川支流松川の川名に由来。果樹の里として知られ、昭和に町名化。松川村【〜1956】
高森町15〜16世紀1956丘陵の高い森景観にちなむ在地名。伊那谷の段丘縁辺に立地。下市田村 ほか【〜1956】
阿南町19571957下伊那郡の域に位置することからの近代命名(阿智の南を意識)。新野村 ほか【〜1957】
阿智村10世紀前半1956古代郷名に通じるとされる在地名。昼神温泉など峡谷の湯治地で知られる。阿智(村)【近世〜】
平谷村17世紀初頭1889峠道の平らな谷にちなむ素朴な地名。信州最南部の高原の村。平谷(村)【近世〜】
根羽村17世紀初頭1889川の曲がり角(根)や葉状の地形(羽)にちなむ説など諸説。南信の山村名を継承。根羽(村)【近世〜】
下條村15〜16世紀1889条里制の段に由来する地割語(下条/下條)。中世の荘園呼称が由来。下条→下條【中世〜】
売木村17世紀初頭1889薪炭材の木を売る市にちなむ在地名説。南信の高原盆地に立地。売木(村)【近世〜】
天龍村19561956天竜川の峡谷地にちなむ合成・好字化(天+龍)。鉄道駅名・峡谷景観とともに普及。神原村/長島村【〜1956】
泰阜村17世紀初頭1889「安泰な阜(おか)」の瑞祥好字。段丘上の集落景観にちなむ。泰阜(村)【近世〜】
喬木村17世紀初頭1889高くそびえる喬木にちなむ好字地名。段丘上の果樹地帯で知られる。喬木(村)【近世〜】
豊丘村19551955豊かな丘陵の地勢を表す瑞祥名。天竜川右岸の段丘を象徴。飯合村/伊賀良村(区域)【〜1955】
大鹿村15〜16世紀1889山地の大きな鹿にちなむ伝承地名。中央構造線の谷に沿う。大鹿(村)【近世〜】
上松町17世紀初頭1923桧の良材で知られた上松に由来。木曽谷の中核の宿場・木材集散地名を継承。上松(宿)【江戸〜】
南木曽町19611961木曽谷の南部に位置することからの合成(南+木曽)。1961年、読書・吾妻・田立の3村合併で発足。読書村/吾妻村/田立村【〜1961】
木祖村19561956木曽川の源流域=「木曽の祖」にちなむ造字。川の「祖(はじまり)」を表し、1956年の合併時に採用。薮原村 ほか【〜1956】
王滝村17世紀初頭1889王滝川や大滝景観にちなむ地名系統。近世には「大滝/王滝」など表記が併存し、のち「王滝」に統一。(川名)王滝川【近世〜】
大桑村17世紀初頭1889桑の栽培にちなむ在地名(きな桑の産地)。中山道沿いの宿駅を含む村域名。大桑(村)【近世〜】
木曽町12世紀末2005町名は古くからの川名(木曽川)・谷名(木曽谷/木曽路)に由来(旧国名ではない)。平安末〜鎌倉期の史料(例:『平家物語』の木曾義仲)などに「木曾/木曽」が早くから現れる。2005年、木曽福島町・日義村・開田村・三岳村の新設合併で成立。木曽福島町/日義村/開田村/三岳村【〜2005】
麻績村15〜16世紀1889麻を績む(うむ)生産地にちなむ古い生業地名。善光寺街道の宿を擁す。麻績(村)【近世〜】
生坂村17世紀初頭1889河岸段丘に上る生きた坂(急坂)にちなむ在地名説。犀川右岸の段丘上に立地。生坂(村)【近世〜】
山形村15〜16世紀1889山裾の形(かた)に沿う集落配置にちなむ在地名。松本平西縁の村。山形(村)【近世〜】
朝日村19591959方位と瑞祥を込めた近代命名(朝日の村)。郷名・小字を統合して成立。宮ノ下村/小野村(区域)【〜1959】
筑北村20052005本城村・坂北村・筑北村の再編合併により、地域名「筑北」を継承。姨捨山の北側山地を含む。本城村/坂北村 ほか【〜2005】
池田町17世紀初頭1956水利に恵まれた池の田に由来する在地名。安曇野北部の中心地。池田(村→町)【近世〜】
松川村17世紀初頭1889高瀬川に注ぐ松川の川名に由来。扇状地の扇端部に集落が並ぶ。松川(村)【近世〜】
白馬村17世紀初頭1956古道「塩の道」の宿白馬(しろうま)に由来。雪形(白い馬)伝承に基づく表記の整備が進み、観光名として普及。四ツ谷村→白馬村【〜1956】
小谷村17世紀初頭1889谷幅の小さい峡谷景観にちなむ在地名(さな)。越後境の山村。小谷(村)【近世〜】
坂城町938年頃1959古くは『和名類聚抄』所収の郷名に通じる系統とされ、段丘上の坂の城立地にちなむ近世呼称が融合。刀匠と鉄の産地としても著名。坂城(宿)【江戸〜】
小布施町15〜16世紀1954「小ぶせ(小さな伏せ地)」等の地形語源説、荘園の小副領説など諸説。北斎ゆかりの町として知られる。小布施(村→町)【近世〜】
高山村17世紀初頭1958高原の温泉郷を含む高い山の地勢にちなむ素朴な地名を継承。高井村の一部(区域)【〜1958】
山ノ内町17世紀初頭1955志賀高原の谷内=山のに開けた温泉郷。湯田中・渋温泉の町場を統合。平穏村/夜間瀬村【〜1955】
木島平村17世紀初頭1889千曲川左岸の坦面(河岸段丘)に広がる在地名。稲作地としての平野景観に由来。木島平(村)【近世〜】
野沢温泉村18世紀初頭1889温泉郷野沢にちなむ。江戸期の湯治場名が地域名となり、近代に村名化。野沢(湯治場)【江戸〜】
信濃町19561956古国名信濃を冠した近代命名。黒姫・野尻湖など信濃北西部の観光地を包括。古間村/富士里村 ほか【〜1956】
小川村15〜16世紀1889谷筋の小河川沿いに開けた集落に由来。善光寺平北縁の山村。小川(村)【近世〜】
飯綱町20052005山名飯綱に由来。牟礼町+三水村の合併時に、信仰の山の名を町名に採用。牟礼町/三水村【〜2005】
栄村18891889地域の繁栄を祈る瑞祥名。中津川流域の山村をまとめた村名。堺村 ほか(区域)【〜1889】

※「初見年」は地名そのもの、または現在名に直結する古形・社名・郡名・宿名・川名の史料初出の目安です(判明する場合は年、困難な場合は世紀表記)。
※「主な旧称」は、その自治体名が採用される直前の中心呼称・宿名・旧村名などを簡略に示しています。

地名の由来

嚮明而治
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