自治体 初見年 正式採用年 名称の由来 主な旧称(時期)
金沢市 1546年 1889 芋掘藤五郎が山芋を洗った際に砂金が出たという「金城霊澤」の伝説に由来する説が著名。中世より一向一揆の拠点・金沢御堂として発展し、近世には加賀藩の城下町となった。
初出は天文15(1546)年の『天文日記』等に「金沢(坊舎)」。
金沢(御堂・城下)【戦国期~】
七尾市 16世紀前半 1889 戦国時代に守護畠山氏が築城した七尾城(城山)にある7つの尾根(松尾・竹尾・梅尾・亀尾・菊尾・葉尾・虎尾)の総称に由来する。中心市街地は古くは所口と呼ばれた。
初出は戦国期(16世紀前半)の記録等に「七尾」。
所口(湊・城下町)【中世~江戸期】
小松市 1486年 1889 平安時代に花山法皇が巡幸した際、小松(若い松)を植樹したことに由来するという伝承がある。古くは本折とも呼ばれた。
初出は文明18(1486)年の『廻国雑記』に「本折」、および明応3(1494)年の文書等に「小松」。
本折・小松【中世~】
輪島市 1524年 1889 海に突き出た輪のような地形、または和入島(わにゅうじま)が転じたとする説がある。古くから海運の拠点として栄え、近世にかけて輪島塗などが発達した。
初出は大永4(1524)年の重蔵神社棟札に「輪島(大屋庄輪島河井村)」。
輪島【中世~】
珠洲市 713年 1954 神楽鈴の音に由来する説、アイヌ語のシュツ(岬の意)に由来する説などがある。古代から存在した能登国の末端にある珠洲郡を継承する名称。
初出は和銅6(713)年の平城京出土木簡等に見られる「珠洲」。
須須・スス【古代】
加賀市 823年 1958 喜び称える意である「賀を加える」という佳字・瑞祥地名に由来する説などがある。弘仁14(823)年に越前国から分立した加賀国(加賀郡)の名を近代に継承した市名。
初出は弘仁14(823)年の国名制定記録等に「加賀」。
加賀郡・加賀国【古代~】
羽咋市 8世紀前半 1889 磐衝別命が怪鳥を退治した際、お供の犬が怪鳥の羽を食い破ったという「羽喰(はくい)」の神話に由来する説がある。のち羽咋郡となった。
初出は『万葉集』に「波久比」、および8世紀前半の平城京出土木簡等に「羽咋」。
波久比・羽咋【古代~】
かほく市 15世紀 2004 平成の大合併で高松町・七塚町・宇ノ気町が合併して発足。古代の加賀郡が室町期頃から「河北郡」と呼ばれるようになったことに由来し、これを平仮名表記したもの。
初出は室町期(15世紀頃)の記録等に見える「河北(郡)」。
高松・宇ノ気等【中世~近代】
白山市 717年 2005 平成の大合併で松任市等1市2町4村が合併して発足。市南部にそびえ信仰の対象となってきた霊峰「白山」(古くは雪の白さから越の白山と呼ばれた)に由来する広域地名。
初出は養老元(717)年の泰澄による白山開山伝承等に見える「白山」。
松任・鶴来・美川等【中世~近代】
能美市 823年 2005 平成の大合併で寺井・辰口・根上の3町が合併して発足。古くは「乃美」とも記された能美郡の名を継承した市名。
初出は弘仁14(823)年の加賀国分立に関する文書等に令制国の郡名として「能美(郡)」。
乃美・能美【古代~】
野々市市 1312年 1889 古くは交通と交易の要地として「布市」などと呼ばれ、「野の市」が転じたとする説がある。中世にかけては加賀守護職の富樫氏が館や守護所を構えた。
初出は正和元(1312)年の『三宮古記』等に「野市」。
野市・布市【中世~】
川北町 1889 1907 明治22年の町村制で中島・草深などが発足。のちに手取川の「北」側に位置していたことに由来。明治40(1907)年の旧3村合併時に「川北村」が発足した。
初出は明治40(1907)年の新設村名「川北村」。
中島・草深等【近世~】
津幡町 1183年 1889 津幡川と河北潟を連絡する舟の集まる港(津)の端(はし・端)であったことに由来するとされる。北陸道の宿場・交通の要衝として栄えた。
初出は寿永2(1183)年の木曾義仲に関する軍記物等の戦いの記録に見える「津幡」。
津端・津幡【中世~】
内灘町 1889 1889 明治22年の町村制施行時に向粟崎村などが合併して誕生。日本海岸の砂丘(外灘)の背後に広がる河北潟の水面を「内なる灘」と呼んだ地形的特徴に由来する。
初出は明治22(1889)年の村制施行時の「内灘村」。
向粟崎・大根布等【近世~】
志賀町 927年 1889 かつてこの地域が志加(しか)の浦と呼ばれていたことに由来し、アイヌ語のシカ(切り立った崖)に由来する説などがある。古くは志乎神社の鎮座地。
初出は延長5(927)年の『延喜式』神名帳等に「志乎(志加)」。
志加浦・志乎【古代~】
宝達志水町 2005 2005 平成の大合併で志雄(しお)町と押水(おしみず)町が合併して発足。能登最高峰である宝達山(ほうだつさん)と、新設前の両町名(志雄の「志」、押水の「水」)を合わせた合成地名。
初出は平成17(2005)年の町制施行時の「宝達志水町」。
志雄・押水【古代~近代】
中能登町 2005 2005 平成の大合併で鳥屋町・鹿島町・鹿西町が合併して発足。能登半島の中央部に位置するという地理的特徴に由来する広域地名。
初出は平成17(2005)年の町制施行時の「中能登町」。
鳥屋・鹿西等【近世~近代】
穴水町 808年 1889 水が湧き出る「真名井(穴)」に由来する説や、アナ(アイヌ語で入江)などの地形に由来する説がある。中世より長谷部氏等の拠点となった。
初出は大同3(808)年の『日本後紀』等に見える「穴水(駅)」。
穴水【古代~】
能登町 8世紀 2005 平成の大合併で能都町・柳田村・内浦町が合併して発足。古代から能登半島の名称となっている「能登」(アイヌ語のノト=岬に由来する説などがある)を継承した合成広域地名。
初出は養老2(718)年の国名記事「能登国」。
能都・柳田等【中世~近代】

石川県と地名の広がり

石川県の市町村名には、古代に越前国から分立した加賀・能登という二大地域(令制国)の歴史や地形が深く刻まれています。珠洲羽咋など、古語や神話・アイヌ語の地名残存説などを持つ古代由来の地名が数多く残る一方で、中世から近世にかけて加賀百万石の政治的中心となった金沢や、海運・宗教の拠点として栄えた輪島七尾などが現在の市名として定着しています。また、平成の大合併では白山中能登といった霊峰や地形に由来する広域地名、旧町名が合成された宝達志水などの新しい名称も誕生しました。

地名の由来

嚮明而治
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