千葉県の地名

自治体 初見年 正式採用年 名称の由来 主な旧称(時期)
千葉市7551878平安末〜鎌倉初頭に台頭した在地武士・千葉氏の本拠に由来。亥鼻に居館を構え、氏名が城下の呼称として定着。千葉荘/千葉郷【中世】
銚子市1644頃1878利根川河口の岬が酒器・銚子に似る地形説に由来。港名として普及し、近世には浦・町場名として広まる。銚子浦【江戸】
市川市南北朝1878江戸川の渡し場と市の立つ場に由来。中世末に集落形成、江戸期は市川宿として繁栄した。市川宿【江戸】
船橋市11861878入江を舟を連ねて渡す=船橋の古い渡渉法・伝承に由来。船橋大神宮の門前町と宿場の発達で地名が定着。船橋宿【江戸】
館山市15801878里見氏が築いた館山城にちなむ城下名。館山城下【戦国〜江戸】
木更津市12731878「君去らず」伝承に通じる地名説が著名。江戸期に港町として発達した。木更津浦【江戸】
松戸市1020頃1878江戸川の渡河点にある松のある渡(戸)に由来とされる。宿場の繁栄が地名を広めた。松戸宿【江戸】
野田市938頃1878原野の広がりを示す野の地名に由来。利根・江戸川水運と醤油醸造で発展した。野田郷【中世】
茂原市中世1878茂る原の景観にちなむ在地名。茂原郷【近世】
成田市9401878成田山新勝寺の門前に由来。平将門の乱平定伝承に伴う吉名「成就の田」。成田(門前)【中世〜江戸】
佐倉市14211878砂倉/狭倉由来説などの在地名。江戸期は佐倉藩の城下として確立した。佐倉城下【江戸】
東金市15世紀末1878中世の荘園名・東金荘に由来。市や宿の形成が進んだ。東金荘【中世】
旭市18891889木曾義仲(旭将軍)の末裔・木曾義昌が当地に移り住んだ縁から、嘉永5(1852)年に国学者・野々口隆正が詠んだ歌「信濃より いづる旭をしたひ来て 東のくにに 跡とどめけむ」に由来して明治22(1889)年の村制施行時に命名されたとされる。別に「旭日昇天」の発展を願う瑞祥説もある。飯岡浦【江戸】/海上郡【古代〜】
習志野市18731954明治期の陸軍・習志野原演習場名に由来。明治天皇による命名の地である。津田沼(村・宿)【江戸】
柏市15世紀1878樹木名・柏にちなむ在地名。江戸期は宿場・市で賑わった。柏宿【江戸】
勝浦市13世紀1878外洋に面した良港の浦名の継承。城下と漁港の発展で著名になった。勝浦浦【江戸】
市原市938頃1878古代郡名・市原に由来。「市(いち)の立つ原」の意と解される。市原郡【古代】
流山市16071878江戸川の流れと台地の山にちなむ通称「流山」が地名化。みりん醸造で発展。流山(在郷町)【江戸】
八千代市19541954合併時の瑞祥名「八千代に栄える」に由来。—
我孫子市938頃1878人名・阿比古系に通じる古形に由来とされる在地名。我孫子郷【中世】
鴨川市938頃1878市域の加茂/鴨川の河川名に由来。川名が地名化した。加茂郷【中世】
鎌ケ谷市中世1878鎌の刃のような谷の地形説など諸説。中世の在地名。鎌ケ谷村【江戸】
君津市8世紀1943古代郡名・君津に由来。「君(豪族)の津(港)」説がある。君津郡【古代】
富津市938頃1878富津岬など浦名の継承。津=港の意。富津浦【江戸】
浦安市19091909三村合併の浦安は「浦が安らか」を願う瑞祥の新称。当代島/堀江/猫実【江戸】
四街道市18941955四方の街道が交差する地点に由来。駅名から広まった通称。—
袖ケ浦市8世紀1955『万葉集』の「袖の浦」に通じる湾岸の古称由来。袖の浦【古代】
八街市18721878明治開拓の区画名(一街〜十街)の中心・八街に由来。—
印西市18891954古郡名・印旛の西側に位置する行政呼称・印西に由来。印旛郡【古代】
白井市15世紀1878白い井戸の伝承にちなむ在地名。白井村【江戸】
富里市18891889近代開拓の瑞祥名「富(ゆたか)な里」に由来。—
南房総市20062006半島名・房総(安房+上総)の南部にちなむ広域新称。安房国【古代】/千倉浦【江戸】
匝瑳市938頃2006古代の匝瑳郡名の継承。匝瑳郡【古代】
香取市7202006古社・香取神宮と香取郡の歴史名を採用。香取郡【古代〜】/佐原(町場)【江戸】
山武市18972006明治に山辺郡+武射郡が合併して生まれた山武郡名を継承。山辺郡/武射郡【古代】
いすみ市938頃2005古代郡名・夷隅(いすみ)を継承。夷隅郡【古代】
大網白里市19541954近世地名の大網(地引網説)と白里(白砂の浜)の合成地域名。大網(村)【江戸】/白里(浦)【江戸】
酒々井町15世紀1878湧水豊かな、酒のように湧く井の比喩に由来。宿場として繁栄。酒々井宿【江戸】
栄町19551955昭和合併時の瑞祥名「栄」を採用した新称。—
神崎町938頃1878香取神宮ゆかりの門前・水運拠点。神の宿る崎の地形名に由来とされる。神崎宿【江戸】
多古町938頃1878古い在地名・多古を継承。語源は「高」の転とする説などがある。多古郷【中世】
東庄町11461955中世荘園名・東の庄に由来。東の荘【中世】
九十九里町17世紀1953外房の長大な砂浜の通称・九十九里浜に由来。九十九里浜(通称)【中世〜】
芝山町938頃1955芝草の生える台地(山)の景観に由来。古墳群の台地集落名として続く。芝山村【江戸】
横芝光町20062006旧横芝と光の一字合成による新町名。横芝村【江戸】
一宮町10世紀前半1890上総国の一之宮・玉前神社の門前集落に由来。一之宮(門前)【中世〜江戸】
睦沢町19551955昭和合併時の造語。住民の睦まじさ+谷地の沢を合わせた瑞祥名。—
長生村8世紀1953古代郡名・長生の継承。令制の行政名をそのまま村名に。長生郡【古代】
白子町10世紀前半1955白砂の海浜景観にちなむ在地名・白子の継承。白子浦【江戸】
長柄町8世紀1955古代郡名・長柄に由来。長い尾根・台地の地形名に通じる。長柄郡【古代】
長南町12世紀1955長柄郡の南部に位置することに由来する行政呼称。長柄郡【古代】
大多喜町15901878大多喜城の城下名に由来。吉語「多喜」への整字が行われた。大多喜城下【江戸】
御宿町17世紀1878海道の宿駅(御宿)に由来。宿場名が地名化。御宿(宿駅)【江戸】
鋸南町19591959切り立つ鋸山の南麓に位置することからの合成新名。勝山浦【江戸】/保田浦【江戸】

地名の由来

嚮明而治
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